佐久市総合文化会館をめぐる住民投票について


『住民投票』何のため?誰のため?

平成22年11月14日、佐久市総合文化会館を建設すべきか否かを決めるため、住民投票が行われました。
はたして、
住民投票は何のために、誰のために行われたのでしょう?
「市民」は、「行政」は、「議会」は、住民投票で何を学び、それは現在の市政運営に生かされているのでしょうか?

住民投票が終わった約1年後に、市長は、「合併特例債を使える今が佐久市にとって、最後のチャンスだ。合併特例債は市にとって有利な起債(借金)なので、356億円を全部使い切る」と明言しました。
ならば、なぜ文化会館建設(用地費を含む総事業費91〜99億円)に対してのみ「合併特例債と言えども借金は借金。」と声高に叫び財政危機を煽ったのでしょう。
また、「市民に情報が伝わっておらず、いつの間にか文化会館建設が決定されていた。だから、住民投票をやり、民意を聞くのだ。」として、住民投票を強引に推し進めたわけですが、ならば、現在進行中の総合運動公園建設や武道館建設など大型ハコ物建設事業の数々は、ちゃんと市民に情報提供がなされ、市民が納得した上で事業が決定されたのでしょうか。
広報や佐久市のホームページを見ても、想定される維持管理費はもとより、全体事業費さえわからない事業もありますし、市民交流広場についてはわざとなのか、用地購入費約32億円を省いています。
総合文化会館建設の資料作りにおいては、土地区画整理事業で取得した土地の費用まで公表すべきと言っていたのに。
これで、正確な情報提供をしていると胸を張って言えるのでしょうか。
私は、総合文化会館整備推進室長として、住民投票に深く関わり、文化会館の設計はもとより、広報に載せた資料、「市民説明会」での説明も事務方の先頭に立って行いました。市民の皆さんに中立の立場で、情報提供してきたという自負があります。
それだけに、今の市政のありようを見ると、「約3千4百万円もかけて行った住民投票は、本当に市民の為に行われたのだろうか。市民にとって住民投票をやって良かったのだろうか。」という疑問を感じているのです。
だからこそ、今もう一度振り返って住民投票を行った訳を再検証したいと思います。

○総合文化会館建設に至った経過
住民投票を語る前に、26年前に総合文化会館建設運動が始まり、建設決定に至った経過を簡潔にまとめます。

 昭和61年 9月    文化団体をはじめ団体組織で構成された「佐久市文化会館建設推進協議会」から陳情書が旧佐久市に提出された
 昭和63年 3月    議会でも、「総合文化会館建設特別委員会」が設置された。
     その後、何回か文化会館建設について具体的な動きもあったが、資金の関係で断念を余儀なくされた。
 平成17年 4月    4市町村が合併し、新佐久市が誕生。
 平成19年 3月    「佐久市総合文化会館早期建設促進を願う陳情書」が、議会の本会議で、全会一致で採択された。
 平成19年 8月    市内文化団体との懇談会を5地区で開催
その後20会場で地元説明会を実施
 平成20年 3月    今までに積み立ててきた基金約22億円と合併特例債を財源と据え、基本構想・基本計画策定を開始(途中でパブリックコメントも実施)
 平成21年 1月    佐久市土地開発公社より建設予定用地を約31億8千万円で取得
 平成21年 3月    「佐久市総合文化会館基本設計」を策定
と、ここまでは行政・議会が手を携えて文化会館建設推進を進めてきたわけです。

○『住民投票』に至った経過
ところが、ここで、5期20年間勤めた市長が引退し、新人が二人立候補するという事になりました。
一人は前市政の継承をうたい、文化会館を建設するとし、もう一人は、「慎重な検討をする」としたため、選挙において唯一明確な施策の違いとなり、争点と位置づけられました。
結果、「慎重な検討」とした柳田市政がスタートしたのです。
 平成21年 4月   柳田市長当選 
 平成21年 6月    「アンケートや住民投票で意向確認したい」と表明
 平成22年 1月    新春記者会見で「アンケートよりも明確な意向確認ができる住民投票としたい」と表明。
これに対し、議会はもとより、市職員も「住民投票は市を二分する懸念がある」などの意見から反対。
 平成22年 3月    実施設計完了
 平成22年 4月    市議会全員協議会において「現状の63億円は大きな財政負担になるので、事業費を圧縮した上で秋以降に住民投票を実施したい」と表明。
議会は「住民投票は是非を確認する方法としてはそぐわない」と反発。
 平成22年 7月    「市長の見解を求める要望書」を議長が提出。
 平成22年 8月    市議会臨時会において「住民投票条例案」を提出それに対し、議会より「50%以上の投票率を成立要件」とするなどの修正案が出され、可決。
市長はこれを受け入れ、住民投票を実施する事が決定。
その後、21回に渡る地元説明会と、2回の市民討論会を実施。
 平成22年11月    11月14日に住民投票を実施。

○『住民投票』の争点

いくつかの争点がありましたが、下記2点が最大争点でした。
1点目    市民合意が十分なされていたのか?総合文化会館を造りたいと、市民が本当に思っているのか?そもそも、市民合意をどうやって確認したのか? 
 2点目    将来の市の財政への懸念。土地購入金を含めた総事業費。   それに使われる合併特例債による借金。毎年かかる維持管理費。これらの情報が市民に知らされ、市民がそれについて納得しているか?
要するに「市民同意」と「財政不安」の2点でした。

○『住民投票』の結果
反対 31,051票(71.07%)
賛成 12,638票(28.93%)
この結果を受け、市長は即日「文化会館は建設しない」と表明しました。


○『住民投票』への評価

単独施設を対象とした住民投票は全国的にも珍しく、議会の反対を受けながらも実施した事や、投票率50%以上という厳しい成立要件もクリアした事から、県内はもとより、全国から高い評価を受けました。
マスコミは、前市政が合併特例債を前提とした大型ハコ物建設計画に対し、新市長が住民投票を行い、民意を明確にし、結果、建設中止を決定した意味は大きい。こういった手法を、他の市町村長も見習ったらどうかと讃えました。

○『住民投票』の裏側
そもそも市民は、住民投票に関心があったでしょうか?
造ろうとしていた文化会館の規模や金額、そこで行われるであろう文化活動について、勉強したでしょうか?
私は一握りの市民を除いて”NO”だったと感じています。
例えば、市民説明会。多くの市民が来やすいよう、平日の夜だけでなく、土日や昼間の時間帯などで計21回開き、延べ約1200人においでいただきました。
でも、何回も繰り返し出席した人や市役所職員を除けば、参加市民数は800人くらいです。投票資格者が約8万人ですから、約1%にすぎません。
広報もボリュームがあり、難し過ぎたので、はたして何人が読んでくれたことでしょう。
市民が集う地域の会議などでも、ほとんど話題に上がりませんでした。
では、なぜ投票率が約55%にも達したのでしょう。それは、ひとえに市民の純朴さからで、「なんだか良くわからんが、投票用紙が来たからには、投票しなきゃ」という方が大勢おられたと感じています。
さて、市長は最後まで自分の態度は表明しませんでしたが、老人会など各種会合のあいさつなどでは、「合併特例債と言えども、借金は借金。しかも、市が使えるお金の総額は決まっているので、文化会館でお金を使えば、その分、福祉に使える分が薄まる」と否定的意見を連発していたのです。
その度に「市長は中立と言いながら、反対意見しか言わない」と建設賛成派からクレームが来るので、「市長はそう意味で言ったのではなく、そういう事も考えられるとの一般論で話された思いますよ。我々には、絶対中立を守れといつも説教されていますから。」と言い訳するしかありませんでした。
もっと大変だったのは、幹部職員が「建設賛成」であり、市長とは意見がねじれていた事です。
そのため、市民説明資料づくりにおいては、双方から我田引水的な指摘をたびたび言われましたが、その都度「住民投票にかける以上、中立の立場で行わなければ、市民に不誠実になる。」と突っぱねて行いました。

○『住民投票』後の市政運営
市民が財政を心配していた大型事業、総合文化会館建設。
これを住民投票で市民意見を聞き、中止にした実行力のある市民派市長が行う市政。
さぞかし、「住民投票を実施した市長なので、市民の声に耳を傾け、合併特例債などの借金をなるべく使わない政策を行っている」と思われている方がほとんどでしょう。
ところが、実際はどうでしょう。文化会館を止めましたが、
・総合運動公園(二種陸上競技場や野球場など)に65億円
・武道館(多目的体育館も含む)に48億円(推定・用地費含む)
・市民交流広場(文化会館予定地を後利用)36億円(用地費含む)
その他、様々なハコ物を合併特例債の枠いっぱい、356億円を全部使い切り、造ろうとしているのです。住民投票の際には、「合併特例債と言えども、借金は借金。文化会館を造っても夕張市のように財政破綻を招き財政再建団体になることは無い。しかし、他の事業等への影響は必ず発生する」と合併特例債が財政に重大な影響を及ぼすかの発言をしていました。
ですが、文化会館では83億円〜91億円発行予定だったのに、それの約4倍の356億円を使い切ろうとしているのです。
もう一度、住民投票で市民に問うた2大項目を思い出して下さい。
1点目、市民合意が十分になされていたか?(市民同意)
2点目、将来の市の財政について情報が行き渡り、市民が納得しているか?(財政不安)

でしたが、さて、この2点を満足している事業でしょうか?
市民の皆さんは、これらの施設について『今すぐに』『この規模で』『どうしても』必要だと了解していますか?
市民にこの事実を話すと、一様に「え〜っ?ウソでしょう」と。
そして、「冗談じゃない。こんなに生活が苦しいのに市は何を考えているんだ。絶対、納得できない。」と怒っています。
特に「武道館」などはほとんど職員でさえ知らないのにいきなり出てきた事業で、いつの間にかトップダウンで決まっていました。
住民投票で反対票を投じた人でも、
「市長が財政が心配だと言うから反対した。別なハコ物を造るくらいなら、文化会館を建てた方がずっと良かった。」と言っている人を何人も知っています。
文化会館建設を求め、四半世紀にわたる活動をしてきた人々。投票で明確に賛成を投じた12,638人の思い。
文化会館は「住民投票の結果だから」と切り捨て、いつの間にか、どういう経過で建設する事が決定されたのかが不明。
また、何人の市民が欲しいと切実に思っているかも把握しないまま、進められてきている大型ハコ物建設の数々。
そして、財政に対する明確な市民説明も行われていない現状。
文化会館を住民投票にかけた2大項目に関して、これらの事業は納得を得られているのでしょうか?

○『住民投票』は、何のために、誰のために行われたか?
住民投票中や投票後の市長の姿勢を見た時、なぜ文化会館だけをターゲットに住民投票にかけたのかが、何となく見えてくるような気がします。
あくまでも私見ですが、
・市民の意見を聞くと選挙で公約したから。(公約でした)
・県議時代から一度は住民投票を行いたかったから。(「田中知事とのバトルで選挙と住民投票との違いを感じた」と良く発言)
・文化会館を対象の住民投票は全国で2例目なので、マスコミ等で大きく取り上げられるから。
・前市長の進めていた施策を否定したかったため。
私はこのように感じましたが、みなさんはどう感じたでしょうか?

○『住民投票』の総括
住民投票は、市民が直接施策を決定しうる最終システムであり、絶対必要でありましょう。
ただし、今回のように市長主導で実施すべきではなく、住民からわき上がったものでなければならないと思います。
そうでないと、政治に利用され、アンケートと同じように思うがままに誘導されてしまうからです。
また、住民投票という政策決定手段は、「もろ刃の剣」なんだと強く感じました。
たぶん、今の経済情勢の中でどこの街でも文化会館を造るか否かの住民投票を行えば、賛成となるケースは皆無であろうと思います。
今回の反対7割は、十分予想ができたというか、逆に、良く3割も賛成したなあと感じました。
また、”多数意見=正しい施策”なのでしょうか?
例えば、斎場を造ろうとしたとき、候補地周辺の1地区のみが反対し、ストップがかかってしまったとします。これを全市で住民投票したら、どうなるでしょう?たぶん、そこに造る事に大多数が賛成するのではないでしょうか。
でも、それって本当に良いのでしょうか?
もし常設条例があったらどうでしょう。一定の人数さえ集まれば住民投票を行わなければならず、結果に従わなければならなくなるのです。
このように住民投票で問うには不具合がある案件があると思うわけですが、それを阻止する条例を持った住民投票条例を私は知りません。いや、そんな条例ができるのでしょうか?
かと言って、現在市長が強引に進め、議会も黙認している大型ハコ物整備事業の数々をストップするには、明確な意思表示を示せる住民投票以外ないのです。
結局、
住民投票を安全な刀として使うには、それを使いこなせる住民が不可欠であると思うのですが、そこまで住民が成熟できるのでしょうか?
考えれば、考えるほど難しいと感じています。
住民投票が終わり、一段落した平成22年12月1日付け、信濃毎日新聞朝刊に住民投票に関する記事が載りました。書いたのは佐久支社の辻本記者です。
住民投票を最初から最後まで見届け、ありとあらゆる角度から公平な取材を行い、連日のごとく記事を書き続けてくれました。
記事だけで一冊の本になるといっても過言ではないくらいに。
この記者の記事を最後に転載し、まとめといたします。

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